よく回復した仲間は
「今あるのは回復したおかげで、今ではギャンブル依存症になって良かったと思っています」
と聞くことがある
僕はそこまでは割り切れていない
なって良かったとも思わないし
ならない人生もなかったし
なんだろう
でも どんなに消したくても
ギャンブル依存症という形は僕の中に取り込まれていて
僕を構成する要素になっている
だからそうじゃない人生はないし
その連なりの先に今があるという感じかなあ
個性 とかでもないなあ
まあ 僕を僕たらしめていることは確かだよなあ
昔は「死にたい」とかで繋がりを求めていたり
心の中にダイブしたり
いじくりまわしたりしてたしなあ
それが良かったかどうかは微妙だけど
それらが僕の感性の構成要素であることは間違いないから
今なら好きなんだけどね
昔はただただ持て余してたなあ
全然社会に適合しなくてねえ(笑)
どうにもこうにもだったね
今はどうだろ、擬態をそれなりに覚えて
器用になって、気にしなくなって、鈍感になって、忘れるようになって
それはそれでなんか
「それでいいのかなあ」と
傷つきやすかった自分を愛おしく思ったりするんだよねえ
まあ きっと
依存症も生きづらさも社会不安も傷つきやすさも
ひっくるめて今の自分の構成要素なんだろうな と思うだけ
良いとか悪いとかはないかな
あくまで僕個人の感想です あしからず
今日も賭けない一日を。
