You dont know me.

時々、フラッシュバックする光景がある。

雨、独房、ベッドとトイレだけがある部屋、真っ暗な部屋。

「おいおい出せよ! 出せっつってんだろ!お願いだよ もうODなんてしないからさあ。ごめんよ。死ねるかと思ってさあ。出せっつってんだろ!」

僕はその部屋に1週間いた。トイレと服薬以外は何もしなかった。というか眠らされていたので何もできなかった。

その部屋を出てからは、いつもボーとしていた。

ある日、院内を散歩していた時に、プレイルームにアップライトのピアノを見つけた。

それから僕は毎日、ピアノを弾いた。楽譜も曲も知らなかったけど、テキトーに弾いた。

やがて、少し回復してきたときにその時の彼女に

「なあ、ピアノの楽譜が欲しいなあ。簡単なやつな。」

彼女は簡単な楽譜を差し入れしてくれた。

小学生が弾くようなやつだ。でも僕にはちょうどよかった。

それから毎日、退院の日まで僕はピアノを弾いた。

ピアノは文句は言わなかった。

ただ、ただ、音を奏で、僕を音の世界へ連れて行ってくれた。

1994年の6月の話だ。

あなたは僕を知らない。

どうでもいい話だ。

今日も賭けない一日を。