お年玉。
今年も無事従兄弟の子供と自分の子供にお年玉を渡せた。
ありがたいことである
なぜ ありがたいかって?
ギャンブルに狂っていた頃には考えられないからである
普通に子供のお金を使うだろうし、いつも金欠なので他人の子供にお年玉なんてあげれなかったと思う。
「そんな バカな!」と普通の人の感覚なら思うかもしれない。
「そんなドラマみたいなクズ亭主みたいなことってあるの?」と普通の人なら思うかもしれない。
でも ギャンブル依存症者にとって家庭内窃盗はよくある話だし、それを超えていくと横領などに発展していく
僕だって自分の感覚を、自分の行為を信じたくない
でも 僕は実際何度もそういうことをしてきた
頭の中は「お金お金お金」だった。
頭の中は「お金お金お金」だった。
そりゃあ 「あんた狂ってるよ」と言われるよなあ
昔、爺ちゃんに金借りようとしたら
「お前、少しおかしいよ」と言われたことが頭の記憶にこびりついている
20代前半の話だ
それくらい金銭感覚が狂っていた
お金を手に入れるためなら盗もうが他人を傷つけようが構わなかった
今では信じられないけど。
「衝動」に支配されていた。
今は「なんでそう思ってたんだろう」と不思議に思ったりするけど
たぶん 「衝動」に支配されていたと思う
どうしてもギャンブルがしたくて
どうしてもお金を手にいれたくて
もはやそれをするしか方法はなくて
みたいな強迫観念に支配されていた
そしてそれを実行するたびにその「衝動」は「強化」されていった
「衝動」⇒「お金を手に入れる」⇒「ギャンブルをする」⇒「ギャンブルをするという目的達成」⇒「脳汁ドバドバ」⇒「衝動」の繰り返し である。
もうず~とそんな感じだった
脳の95%はその考えに支配されていた
たぶん 依存症者でなければ理解できないと思う
なんというか 傍から見たら「異常」だったと思う
普通を装っていてもたぶんわかってしまうくらい「異常」だったと思う
今の僕ならそういう人は直観的にわかる
そしてそれは一定期間、3年から5年はギャンブルから離れないと消えない。
大切な人を傷つけ続けなくて良かった。
子供を、家族を悲しませないようになって本当に良かった。
もし大切な誰かを傷つけたり、信頼を失っていたら
たぶんもう自分を許せなくなっていたと思う。
自分を許せるようになって本当に良かった。
まとめ
・ギャンブルに狂ってた頃は「衝動に支配されていた」
・あの頃はあきらかに「異常」だった
・依存症の前では「理性」や「モラル」は通用しなくなる
今日も賭けない一日をありがとうございました!
