映画「正欲」を観た
映画「正欲」を観た
2回目だったけど良かったなあ
たぶん 普通の人には刺さらないかもなあ
小説から読むのがおすすめです
普通という呪縛
さて、「普通」とは何でしょうね
この「普通」という呪縛はものすごいです
もう「呪い」に近いと思います
例え「普通とは他人が創り出した幻想」と理解していても
「普通じゃない」状態でいることはすごく大変です
だから そんな大変なくらいなら「普通」になりたい
「普通」という価値観は嫌だけど、「普通じゃない」価値観はよくわからない
と言ったところでしょうか
ここで言う「普通」というのは
社会性の「普通」という意味です
例えば
・社会人として年収はいくらあったほうがいい
・30歳までには結婚して子供は2人くらいが理想
・家事は夫婦で協力してやらないとね
・配偶者の家族ともうまく付き合っていかないとね
・家は一戸建てで車は2台ないと田舎では生きていけないよね
・高齢になると出産大変だから産むなら若いうちだよね
・たまに同僚と飲みに行って愚痴を言い合うのは楽しいよね
などなどなどなど。
別に誰に言われたわけでもないのに
人はこういうことに縛られて生きてしまいます
自立できてない人にとっては地獄
もちろんきちんと自分を理解し、自立できている人は関係ないと笑えるでしょう
でも僕らのように精神的に自立もできず
そもそも社会に留まることすらやっとな人たちにとっては
無理ゲー以外の何ものでもありません
そしてこれらの「自分が創り出した普通という幻想」から
自分が外れてしまうと
「ああ 自分は普通じゃないんだ」と疎外感を感じます
いや むしろ社会から蔑まれている気すらします
「正欲」の中でマイノリティの2人が普通の家庭を持ったように周りに見せることを
「擬態」と呼んでいましたがよくわかります
とりあえず「擬態」すれば周りからは何も言われませんからね
僕は40前後で結婚したのでたまに会う人たちに未婚の時によく聞かれました
「お子さんは?」と
もちろん他意はないでしょうけど
結構辛かったなあ
もちろん他意はないんですけど
まるで結婚しないで家庭も築けてない自分は失格だと言われているようでした
もちろんそんな他意はないと思います
社会からの疎外感
でもそれが「普通の呪縛」なんです
そしてそれは「自分には何もない」と感じている人たちには
社会からの疎外感でしかありません
この社会からの疎外感というのは結構強力なんです
自死すら考えてしまうほど強力です
「正欲」の中でマイノリティのヒロインは
「まるで自分は別の惑星から来たみたいでうまく生きられない」と話し、
擬態して周りにそれを認められた時に
やっと社会に参加できた安心感を感じるのです
僕もそうでした
いつも世界から3cm浮いている気持ちでした
どこまで行っても世界から浮いているのです
でも 仕事をしなんとなく社会とマッチしていくうちにズレが少なくなり
さらに依存症から回復するにつれ
世界とのズレはなくなっていきました。
たぶん それはなんと言うか
「あなたはここに居てもいいんだよ」
という感じだと思います
とても主観的な感覚で書きましたが
世界のどこかにこういう人たちもいるんだなあ
と感じていただけたら嬉しいです
まとめ
・普通という呪縛は強力
・今の時代は普通でなくてもそれが普通(笑)。
・何が普通かは自分が決めていい。
今日も賭けない一日をありがとうございました!
