とても抽象的に僕の話をしたいと思う
本来はわかりづらいのであまり書かないのだが
少し言葉にしてみようと思う
僕が依存症の頃、何を埋めようとしていたのか
回復した今なら少し客観的に見ることができる
僕は何かがずっと欠落していた
もちろんこれは僕の主観の話であり、僕の心の話であるから
他の人からどう見えていたかは関係ない。
では 何が欠落していたのだろうか
僕は小学生まで自分の意見が言えなかった
言えないというか、自分がどう思っているか説明できなかった
たぶん抑圧されていたと思う
誰かに ということではなく
自分で自分を抑圧していた
「人が心配するようなことを言ってはいけない」
僕は小さい頃からそう感じていた
だから自分で感じたことは言えなかった
家庭環境も抑圧的だった
僕は生まれて母はすぐ亡くなり、父も1歳にはいなくなった
母方の祖父母に預けられ養子として育てられた
たぶんその頃、60代の祖父母だったと思う
中学にあがるまで3人で暮らした
何も楽しくなかった(笑)
たぶん経済的には困らなかったけど
友達が行くような外出をしたことはなかった
祖父は車を持ってないし、大正生まれの戦争あがりで厳しかった
17時が門限だったし、友達を家に呼ぶこともなかった
TV番組はNHKしか見なかった
小学校で初めてNHK以外のテレビ番組があるのを知って衝撃を受けた(笑)
そんな中僕は祖父母に迷惑をかけてはいけないと感じていた
あらゆる感情を塞いできた
叔母とかに「何か欲しいものはあるか?」と聞かれても「別に」と答えるだけだった
家では学研が唯一の楽しみだった
あとは一人で街をぶらぶらして立ち読みをしていた
もちろん 僕の性質もあったと思う
そんな中で「寂しさ」や「空虚感」を抱えていたと思う
中学になると抑圧されたものが反抗期とともに爆発した(笑)
まあスポーツをしていたのでズレることはなかったかな
高校に入ると「生きる意味」を無くした
「何のために生きているのかわからない」状態になった
まあ青年期にはよくあることかもしれないけど
さらに僕はその頃、自分が養子であることを初めて知って
世界を憎むようになった
憎むというか生きるのが面倒くさくなった
ま どうでもよくなった(笑)。
それでも何とか社会にしがみついて大学に行ったけど
今度は人間関係の構築ができなかった
どうやって友達を作ればいいのかわからなかった
「わからないわからないわからない」 という沼に落ちていった
「空虚感」「虚無感」「自己否定」「今の自分じゃだめだ」
それらを埋めるためにいろんなことに依存していった
ギャンブルは1つの現象に過ぎず、恋愛、お金、風俗、などなど
自分が空っぽだから
それを埋めるために依存していった
こんな自分じゃだめなんだ
こんな自分じゃ嫌われるんだ
こんな自分じゃ捨てられるんだ
だから
もっともっともっと となっていった
そして空っぽの自分と向き合いたくなかった
向き合ったところで今更何をどうすればいいかわからなかった
何かに依存することを止めたら、空っぽの自分と向き合わなければいけなくなる
だから必死で社会に適応しようと努めた
パワハラを受けてもへらへらと笑い、必死で迎合し、謝り、逃げ、何とか社会で生きていこうとたくさん処方薬を飲んだ
だって社会で求められるのは
「いつでもポジティブ、笑顔で元気!」みたいな人間だから
そうじゃなければ社会で生きていけない
「普通になれない」
そして僕はいつしか壊れてしまった。
続く。
