貧困は誰が悪い?
こんなニュースを定期的に目にする
そしてこういうニュースによくある意見は「自己責任論」だ
「こういう生き方をしてきたから自己責任だ。」という意見。
「努力が足りない、他の人は努力している」とかとか
確かに自己責任の部分はあると思う
でもそれだけだろうか?
僕の場合
僕は大卒後、就職せずぶらぶらしていた
社会に出るのが怖かったし、精神疾患も抱えていたし、就職活動の仕方もわからなかった。
30歳になってきちんとした仕事をしようと思ったらどこにも受からなかった
だからすぐ働ける派遣の仕事にとびついた
派遣の仲間はみんなギャンブルをしていた
賞与も賃上げも望めなければ一攫千金か刹那に生きるしかなかった。
でも僕は正社員になりたくて35歳で介護職についた
40歳で医療職に就いた
確かに自己責任だし、僕は努力もした
でも僕らは超氷河期世代できっと今の非正規雇用のほとんどは僕と同世代だと思う
そして僕は今たまたまここにいるからこんな記事を書ける
もし非正規雇用なら社会を恨んでいると思う
そもそも収入が少ないと自立も結婚も難しい
それも自己責任なのか
僕はたまたまここにいる
でも何かが違っていれば非正規雇用のままだった
・今の会社が拾ってくれなければ
・今の会社を休職後辞めていたら
・ギャンブル依存から回復していなければ
そういうたまたまでここにいると僕は思っている
ラッキーなだけである
病気や遺伝も自己責任?
じゃあ 遺伝も病気も自己責任なのか
・発達障害で善悪もわからず犯罪者になる若者を知っている
・社会に適応することが怖くて風俗で働くシンママを知っている
もちろん人の価値観は様々で、同じ人であっても状況によって価値観は変わる
それでもなお「誰が悪い」と悪者を探すだけでは何も変わらない
「それって自己責任だよね」
それだと話が終わってしまう
言われた方もそうなんだと支援に引っかからなくなる
正解なんてわからないし、ないのかもしれないけれど
いろんな考えができる人が増えたらといいと思う
たぶん「誰が悪い」などとしているうちに
人の人生は終わってしまう
100年なんてそんなものだ
社会に希望を見いだせるように感じられたら
殺伐とした社会は少しはマシになるのかもしれない
そんな人ばかりではないというのも理解しているつもりだ
それでもそんな社会であってほしいと願うのはだめなのだろうか
きっと僕が願っていれば、僕の子供もそう願うと思う
そしたらその子供も願うかもしれない
願うことから始めればいい
そう思う。
まとめ
・貧困は誰が悪いと言っても解決しない
・価値観は人それぞれだし、同じ人でも状況によっても価値観は変わる
・いろんな考え方ができる人が増えたらいいなあ
今日も賭けない一日をありがとうございました!
