7月31日は一生忘れない日。

どんなに彼女の誕生日を覚えていなくても

どんなに他の記念日を忘れていても

7月31日だけは忘れない

母の命日だから。

死者を弔うということは世界中で行われているだろうか

命日という考え方は仏教だけかもしれない

思えば人間の想像力はすごいものだ

死後の世界、黄泉の国、地獄、天国、目に見えないものを想像してきた

いや見えないからこそ想像してきたのだろう

昔から祈祷師やシャーマンの文化はあったし

縄文時代から収穫祭は行われてきたのだと思う

見えない何かに祈ったり、感謝したり、

死後の世界が流行った時、キリスト教文化圏ではキリストを見たり

仏教圏では三途の川を見たり、個人の文化に影響されるのであれば

すこぶる怪しいものではあるが

誰も見たことがないのであれば証明もできない

そうして僕らも死んだらどうなるか とか

死んだらどこへ行くか など思いをはせたりするものだ

日本はお盆やお墓参りをする風習がある

もちろんお墓に誰かがいるわけではない

だけど

「お墓参りをするとすっきりする」とか

「これは霊のしわざ」などと言ったりする

かくいう僕も母親を一度も見たことはない

僕が生後6か月の時に死んだからだ

それから僕は7月31日になると祖父母に連れられ墓参りをさせられていた

誰の墓かも知らずに。。。

今思うのは幼子を置いて亡くなってしまった母の無念さを

僕は子供を持つようになって感じている。

僕も今不本意にもそちらにいったとしたら

上から子供のことを見守るだろう(笑)

まあ それもすべて想像の話であるが

でも 想像を馬鹿にしてはいけない

例えば 亡くなった人の思いを感じて

「母さんが見守ってくれてると思って」という気持ちで困難を乗り越えていく人たちも多いだろう

僕は母を知らない

だけど母が僕を生んでくれたことはわかる

ただそれだけでも僕は母を弔う

話は逸れるが青森にはイタコがいる

イタコは死者を呼び寄せる

僕は20代の頃、あまりにも死んだ母に会いたくて

イタコに呼び寄せてもらったことがある

そこで話したことはあまり覚えてないが

イタコに言われたのは

「あなたが死んだ母のことを呼んだりするから成仏できない」と言われた

その頃僕は精神的に不安定で死んだ母を神格化していて

「母さん 助けてくれよ」などと祈ったりしていた

イタコによればそのせいで母が成仏できないそうな

その日から僕は母を頼ることをやめた

だからたぶん成仏したと思う(笑)

成仏がどういうことかよく知らないけど(笑)

人間は見えないものを頼ったり、すがったりする

僕は人間のそういう弱さが好きだし、そういうこともあってもいいと思う

現実だけじゃあこの世は世知辛い(笑)

輪廻転生、神、霊魂、仏、死後の世界、天国、地獄。。。。

人間とはなんと面白く、愛すべき生き物なのだ。

というわけで今日は仕事帰りに墓参りですね

今日も賭けない一日を。