
こんにちは。GWいかがお過ごしでしょうか?
僕は図書館でこれを書いています。
車で遠出の計画もあったのですが、何となくウオーキングとPC作業のGWになりそうです。
普段読めない本も読めるのでなかなか楽しいです
あと毎日サウナも行ってますねえ(笑)
さて、今日は「普通」ってなんだろうね?って話です
僕は昔「普通になりたい」とすごく思っていました
派遣の仕事をしていたし、収入は少ないし、結婚はしてないし、子供もいませんでした。
「普通になりたい」そう強く思っていましたし、そういうプレッシャーもありました
その頃の「普通」とは何でしょうか?
・結婚して子供が2人くらいいて持ち家で親戚付き合いもあって、時々仕事仲間と飲みに行って・・・・
みたいなイメージだったと思います。
そしてそれに僕があてはまらなければ落ち込んだり、自暴自棄になったり、自責を感じてしまったりしていました。
周りからのプレッシャーも自分で感じてしまっていたと思います。
「そろそろ結婚しなきゃ、子供育てなきゃ、家を持たなきゃ」みたいな感じで。
41歳で結婚した時「これであれこれ言われなくても済む」と安堵した記憶があります。
それくらい世間の目というのは強く感じてしまうものでした。
もちろん、それはそう感じてしまう個人の感覚によるものも大きいでしょう。
僕ははそれを小さい頃から感じる方だったし、その呪縛から逃れることができるようになったのは
悲しいかな上の世代が亡くなったり、45歳を過ぎてからかもしれません。
この「普通」という呪縛は恐ろしく強いものです。
例えばあなたもこんなことを思っていませんか?
・会社は辞めるべきではない
・有給は周りと合わせてとるべきだ
・家族は一緒に暮らすべきだ などなど
別にどの考えも間違いでもありません。
ただ、それだけが正しいというわけではありません。
大事なのは「そうじゃない考え方もあるし、そうじゃない考えもその人にとってはしあわせである」と認めることだと思います。
それができるようになるためにはいろんな価値観の人と話したり、会ったりすることが大事だと思います。
「そんな生き方もできるんだ」とか「それを好きと言ってもいいんだ」
そんな考えができるようになると自分を許せるようになるかもしれませんね。
僕は今でも時々「人と違うと感じること」はたくさんあります。
・独りで過ごすことが好きなこと
・本を読んだり、図書館で過ごすことが好きなこと
・大勢でわいわいするのが苦手なこと などです
そういうことで「なんでみんなと同じようにできないのだろう」と悩んだこともありますが
今はそれが僕の強みだと思っています
たぶん、今このGWの2日目の天気の良い時に図書館でもくもくと文章を書いているのは僕くらいでしょう(笑)。
でもそれは僕が他人と違うことができる可能性があることだと理解しています。
僕のパートナーの読子さんは死ぬほど本を読みます。
三度の飯より本が好きです
ただ、それを褒められたことがなかったそうです
僕はそれを本当にすごいと思ってますし、本のことなら読子さんに第一に聞きます
読子さんは「本を読むこと」を自分でマイナスに感じていたけど
それを褒められて嬉しかったそうです
まあ そういうことです(笑)。
今日も賭けない一日を。