メメント・モリ

大腸に違和感を覚えたので検査を受けた。内視鏡の検査は初めてだったので、下剤を飲むのに難儀したが検査は問題なかったのでとりあえず安心している。祖父も叔父も大腸がんだったので、もしもの時の治療や養育費などが頭によぎった。蓄えはやはり必要だなと改めて思った。心配していただいた皆さんどうもありがとうございました。

最近「時」というものの不思議さをず~と感じている。

「時」は残酷だ。誰にとっても平等で、過去に戻ることはできない。そして、どんなに心配事があろうと、明日が心配であろうと、「明日はやってくる」という真理である。いつの間にか夏休みは終わるだろうし、秋も冬もやってくる。自然の摂理とは不思議である。

だからこそ「今」を大事にすべきだし、でもどうにもできないこともある。

「自分の出来うる範囲で精一杯今日を生きる」が正しいと最近は感じている。

さて、人が変わるにはどうしたらいいのだろうか?

例えば「死を目の前」にすれば、変われるのだろうか。

僕は今回の検査で、「食べものは楽しみだし大事だな」とも思ったし、「食べることができる健康はありがたい」とも思った。

だが、きっとその思いでさえ来週には薄れていくだろう。仕方がない。

また、ギャンブルをやめる上でよく話になるのが

「今日ギャンブルで負けた3万円で牛丼が50杯くらい食べれたのになあ」というものがあるが、あまり意味はない。

だって、そもそも牛丼を食べるための3万円ではないし、ギャンブルするための3万円だから。

では僕はなぜギャンブルを辞め続けてこれたのか?

たぶん「あきらめなかったから」だと思う。

だけど、それは僕一人の力では決してない。

2年前、スポンサーシップを始めて90日目で派手にスリップした。それをスポンサーさんにも報告したし、Twitterでも報告した。

その時、仲間は何と言ってくれたか?

「そんなのは誰にでもあるよ。」

「また頑張ろうよ」

「病気なんだから一緒に回復していこう」

そう言ってくれた。誰も僕を責めなかった。

だから、僕はここにいる。

本当にそれだけである。

本当に依存症からの回復はそれしかないと最近実感している。

今日も賭けない一日をありがとうございました!

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