ハームリダクションって何ですか?

それは読子さんとのラインから始まった。

R「読子さん、大麻厳罰化反対についてどう思う?」

読子さん「どう思うと言われてもねえ」

R「そもそも、これってどういうことなの?大麻の合法化や医療での使用を目指しているものなの?」

読子さん「何で急にそんなこと言い出したの?」

R「美人な弁護士さん等が大麻厳罰化に反対する署名をしているという記事を読んだんですよ⇒大麻等の薬物取り締まり強化と『大麻使用罪』創設に反対します!

読子さん「何か誤解してるわね。大麻使用罪の厳罰化への反対であって、大麻合法化というのはまったく話が違うわ!!」

R「え?そうなんですか?」

読子さん「あんた ばかあ?」

R「いや そこまで言わなくても。。。。この署名サイトに書いているハームリダクションとはどういうことですか?なんとなく映像でかじった知識だと海外で薬物依存症者が管理の元で薬をやっているという映像が印象的ですが。」

⇒ NHKハートネット【特集】薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から(1)

NHKハートネット【特集】薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から(2)

NHKハートネット【特集】薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から(3)

読子さん「詳しく説明するとhamとは危険、損害 redacuttionとは減らすという意味ね。

ハームリダクションとは、今日では、個人が、健康被害や危険をもたらす行動習慣(合法・違法を問わない)をただちにやめることができないとき、その行動にともなう害や危険をできるかぎり少なくすることを目的としてとられる『ウィキペディア(Wikipedia)』より

を指しているわ。だから、合法化とはまったく違う話になるわ。混同しないようにね。」

R「僕なんかでも混同しているくらいだから、誤って情報を得ている人も多いだろうね」

読子さん「ネットの知識なんてそんなものよ。人は自分に都合のいいように情報を取得する傾向にあるわ。大事なのは自分で考えることよ、調べてみなさい」

R「わかったよ。何事も裏を取れだよね」

それから僕はハームリダクションについて調べてみた。

まずは松本先生のリポートはこちら

シンポジウム「日本におけるハームリダクションを考える」レポートVol. 2

非常にわかりやすい。つまりこういう考え方に基づいて、先の弁護士の先生とかは大麻使用者に対する厳罰化に反対する署名を集めているのだ。決して単純に合法化を目指しているわけではない。

ではななぜ厳罰化はいけないのか?

刑罰を厳罰化するだけでは、薬物依存症者は減らないし、むしろ支援に繋がりにくくなる。さらに現在は刑罰によって社会的なダメージも必要以上に受け、結果社会から排除され、相談さえもしにくくなっている。つまり、刑罰を厳格化するという方向性ではなく、むしろ、支援や医療を提供していくことによって支援に繋げていく方が社会にとって有効ではある。というのが国際的な流れであり、厳罰化はそれに逆行しているとのこと。

という意味で大麻に対する刑罰厳格化に反対の署名運動をしているのである。

僕が松本先生の記事で印象的だったのはダルクが民間のハームリダクション的存在になっているという箇所だった。

~ここから引用部分~

DARCは、薬物依存症の当事者が共同生活をしながら、薬物のない生活習慣を確立するためにリハビリテーションをしていく場所です。多くの薬物依存者たちを回復させ、助けてきました。そこでは使っても通報されることもないし「使ってしまった」でも「じゃあこんなふうにやっていこうよ」となる。そういう意味で民間のレベルでハームリダクション的な関わりをやってきた機関なのだろうと思います。

~引用終わり~~

であるならば自助グループ自体がハームリダクション的存在になるのではないだろうか。そこでは決して「依存症」が否定されず、スリップしたことを非難されず。基本的人権を尊重される場所だということ。

また「ハームリダクション」という言葉だけが先行するって怖いなとも思った。何のことかわからず、なんとなく使っていると意味を見誤る。

松本先生の冒頭の言葉を紹介してきおきたい。

~引用部分~

最近になって、依存症の治療に関わる医療者から「ハームリダクション」という言葉を耳にするようになりましたが、よくよく話を聞いてみると、アルコール依存症治療の目標を断酒にすべきが節酒にすべきか、なんだかすごく小さな問題のことでハームリダクションが語られているんです。もちろん、それが「ハームリダクション」でない、ということではありません。ただ、それは昔からの治療方法や治療のアウトカムに関して患者さんたちとこうすり合わせながらやる、クライアント中心療法の考え方であって、「ハームリダクション」はもっともっと大きな問題を含んでいて、そのような局所的な議論をすることによって、もっともっと大きな理念が失われてしまっているのではないか、と危惧しています。

~引用終わり~

<さらに考察してみた>

では 僕が関わっているコミュニティでは依存症者を否定していないだろうか。もちろん自助グループだし、依存症者を否定するようなことはしていない。だけど僕はふと思った。誰かがスリップしてしまったことを非難していないだろうか、排除するようなことをしていないだろうかと。

恥ずかしながら僕にもそういう傾向はあった。スリップしたことを非難、否定しないまでも、「こうした方がいいよ」とか「だから言ったじゃん」とか言いたくなるし、言ってしまったこともある。

大事なのは依存症であることが決して否定されず、非難されず、基本的人権が尊重される場所であること。それを肝に命じたいと思った。

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R「読子さん こんな感じでどう?」

読子さん「まあまあかな。40点だね。精進したまえ(笑)」

*最後にたかりこチャンネルを紹介しておきたい*

亀石先生がわかりやすく解説してくれています!!

追記

この記事は1週間前から読子さんと議論を交わし、何度も推敲してきた。当たり前だが僕は専門家ではない。勉強不足なのも承知であるし、本の1冊、2冊読んでから記事にしようと思って保留にしていた。

だが、議論が注目されている今しかないと思った。大事なのはタイミングであり、そうしないと誰も見向きもしない。興味は熱量があるうちに展開していかなくてはいけない。

この問題はいろんな依存症の問題に波及していることもわかったがそれはまた今度の話で、ご意見をいただいた僕のスポンサーさん、田中さん、何より当事者でもある読子さんいつもありがとう。あなたとの共作の記事だと思います。感謝しています。

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