18歳の時の話。

今から28年前、僕は小樽にいた。大学生になったのだ。高校は進学校だったけど、まったく勉強をしてなかったので、高校3年の秋くらいに赤本を眺めながら、国立で入れそうな大学を受けた、夜間だったけど何とか受かった。それが小樽の大学だった。まあ 小樽には大学が一つしかないので、小樽商科大学 夜間主コース 1期生である。

後々、周りから巷では有名な大学と聞かされるが、こちとら受かったから行くだけの話で、やっと実家を離れられると浮かれてワンルームマンションとかを選んでいた。ただ、その頃は本当に無気力で「アパシー症候群」という本を読んで、僕のことだなと思ったりした。

とにかく、夢も希望もなく、未来へのビジョンもなく、何もなかった。でも、時間だけが過ぎていき、大学1年のGWにはほぼ大学に行かなくなり、しょうがなく始めたバイトもうまく行かず、そのうち、昼夜逆転し、部屋はぐじゃぐじゃ、眠れないし、バイト行かなきゃ、学校行けないで、精神科に初めて通院することになる。

そして、大学2年正月だったろうか、帰省できずにバイトしていたら、壊れた。それから3か月は閉鎖病棟に入院していた。ともかく消えたかった。それが鬱のものなのかわからないが、それから服薬が始まった。当時は32条のおかげで精神科は薬をバンバン出していた。そして僕も薬漬けになった。普通にリタリンとか処方になってたし。今思うと怖いけどね。

ともかく大学時代は実体がないかのように生活していた。処方薬、演劇部、写真部、バイク、ギター、セックス、COOL。どれも自信過剰で、どうしたらいいかもわからず、自我を持て余していた。

本も読んだ。昔の本。三島由紀夫とか太宰とか、その辺を片っ端から読んだ。よくわからなかったけど。音楽はミスチル、スピッツの時代かなあ。海外にも行ったし、仕送りで暮らしていた。ただの自意識過剰なガキだった。

その頃にギャンブルを覚えた。パルサー、トロピカーナ、クランキーコンドル、綱取物語。ありとあらゆるパチンコとスロットはした。たぶん、今の収入くらいの仕送りはもらっていた。それでもすぐに使ってしまっていた。バカだった。社会のことなど何も知らない、知ろうともしないガキだった。

ただただ、生きる意味を求め、絶望し、うまく行かないことばかりで、人間関係は構築できず、孤立していた。もうどうすればいいのかわからなすぎた。いつも頭はどんよりして、処方薬で覚醒させ、何とかリアルに適応させていた。

青かった。

というか病んでいたな。

続きはいつか、また、思い出したら。