さらに依存症について。

「依存症は病気である」よく言われる言葉だし、専門家も言っているし、本当のことだと思う。だけどそれを認めることはたやすいことではない。なぜなら、病気であるということは自分がギャンブル依存症だと認めなければいけないからだ。もちろん、病気と定義されたおかげで回復の道が開けたという意見も多い。

だけど、自分でギャンブルがやめれると思っているうちに「それは病気だから回復の道が必要なんだよ」と言われると何だか病気という烙印を押された気分になったというのも真実である。

芸能人が薬物で逮捕されたニュースを職場で聞いた時、僕だけが驚いていた。他の同僚は「芸能人ってやめれないですよね」とか「前からおかしいと思ってましたもん」とかまたはそれ以上の反応はなかった。それが世間の反応だと思った。

僕が驚いたのは同じ依存症として、どんなにやめていても再発するリスクは常に付きまとうんだなあという驚きであった。それは自分に対する、いつになっても世間の落胆の声のリスクを背負うんだなあというショックだった。

僕はたまたま今180日近くギャンブルをやめている、だからそう思うのだった。そして、ギャンブル依存症の仲間の分かち合いの場で「僕らも薬物やアルコールと一緒でそういう依存症なんだよ。ただそれがギャンブルというだけで」といかにも理解していますというような発言をしたが、内心は「薬物やアルコールとは違うんじゃないだろうか」という思いも20%はまだあったと思う。

薬物とは違うだろ、みたいな感情があったりもするのも事実だ。もちろん根本は同じだし、理論上や先行く仲間の話として理解しているし、同じ依存症の仲間だとも思っている。だけど、心のどこかではそういう思いもある僕は正直すぎるのだろうか。

しかし、ギャンブル依存症だって汚職はするし、虐待はするだろうし、盗みもするし、他の依存症にしてみたら「信じられない」と思われているのかもしれない。そう思えば、問題なのは依存症なのであって、何に依存するかはそんなに問題ではない気もしてくる。

そうだなあ。僕はたぶん、自分で今7%くらいしか回復していないと思っているから、そういう考えもあるのだと「バカだなあ」と思って読んでくれたらいいですけど、まあこのブログには嘘は書いてないので、そう思っているという事実もあるということです。

分かち合いの場で新しい仲間に「ギャンブル依存症も薬物やアルコールと変わらないんだよ」と言いながら、自分でも「本当にそうなのだろうか?」とふと思ってしまったのです。なかなか依存症とひとくくりにカテゴリーするのは難しいですね。

その人にはその人なりのその依存行為をした理由も背景もあるし、簡単にわかるなどとは言いたくないし、よくあることだよなどと言うのも何だかなあと思ってしまうし、共感って難しいなあと思うのです。

ただ、まあ、ギャンブルに関していえば、こういうことしてきたよとか、こういう気持ちだったよとかそういう自分の体験は話せるし、そういうのが誰かの役に立てばいいなあと思っています。