Rさんの場合~黒歴史高校編。

人と比べてはいけない。本当に。

僕は市内で一番の進学校に入学した。意気揚々と。ただ、それは入学してすぐに脆くも崩れ去った。そして僕の高校生活は黒歴史となった。

FACEBOOKに連携し、高校の同級生が多くいるがあえて書こうと思う。47歳になった。おそらく今後30年も生きないだろう、もはや取り繕ったりかっこつけたりする暇もないし意味もない。

そう僕は中学ではトップでいたがそんな奴は高校に行けばゴロゴロいた。僕は常に学年450人中、420~440番をウロウロしていた。

なぜなら勉強しなかったから。なぜなら中学ではそんなに勉強しなくても理解できた。でも高校はまったくついていけなかった。加えて同級生は運動部に所属しながらアホみたいな量の宿題をこなしていた。本当に敵わなかった。

そんなわけで僕はそうそうに「頑張ることをあきらめた」高校2年になると運動部もやめ、図書館にこもっては村上龍を読み「金持ちになりてえな」と物思いにふけるばかりであったし2年にはパニック障害も発症していた。

そもそも僕の感覚としては、高校受験をあんなに頑張ったのだからもう遊んでいいのでは?という感覚だった。それが一生勉強しなければいけないとはもう絶望しかなかった。

そういうわけで高校2~3年はほとんどクラスにもなじめず、対人恐怖症で帰宅部だった。死ぬほど学校が嫌いだった。居場所がなかった。

おそらく追跡調査をすればわかるが、卒業生の中には、医師、教師、議員、国家公務員がごろごろいるだろう。うんざりだ。こちとらニートだったから。

そういう意味でFACEBOOKは大嫌いだった。まあそれはいいとして、いろんな意味で自助グループに行くと安心するのだ。

「ああ クズでいいんだな 良かった。」と心底ほっとする。

よく大人になってからも、高校名を言うと「ああ 頭いいんだねえ」と逆差別を受けたww。まあ今は気にしないんだけどね。

だからよく「失踪したいなあ」とか「アジアンジャパニーズになりたいなあ」と思ったものだ。

本当に周りの人間ができる奴ばかりだったから。だからわざと道をはずれた。堕ちてしまいたかった。そういう感じ。

4年前くらいに高校の同窓会の幹事の役の年代で、久しぶりに同級生と会ったが、本当にみんないい人で、変わらなくてちょっと嬉しかったなあ。

社会に出て、よく「Rさんは頭が良くていいですね」と言われることがあった。「人と比べる必要もないし、卑屈になる必要もないのになあ」と思ってしまっていた。

でも、僕も同じだった。

僕も社会で活躍している人や同級生や家庭がうまくいっている人と比べていた。

すべてを失って身軽になった今「人生は短いし、もう比べる必要もないし、そんな時間がもったいない」と最近思っている。もう逃げも隠れもしない。ただただ生きるのみである。

加えて「ギャンブル依存症である自分」からは逃れられないと感じた。であるならば抱えて生きようではないか。

そして、過去の自分を抱きしめに行こう!

あの図書館でうつ向いて本を読んでいる、あの日の僕に話しかけよう!

「ねえ、吉本ばななも面白いよ」

今日も賭けない一日をありがとうございました!

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