ギャンブル依存症は病気であるという意味。

この記事を書くには難しい部分があった。うまく伝えきれるかどうかわからないからだ。それでも勇気を持って書いてみたい。もしも表現が違っていたらすみません。そして、僕の個人的な見解も含まれていることを許してほしい。

あなたは「ギャンブル依存症は病気である」という意味を本当に理解しているだろうか?

実は僕もこの点に関して、人に伝える時には先人たちに解釈を問い直すこともある。それはあまりに衝撃的な事実だからである。

事の発端というか、気になったツイートがあって、それはギャンブル依存症ブログを書いている人が「ギャンブル依存症」を「難病」に例えて、難病の家族の方から批判を受けているという内容のツイートだった。まあ 元のブログとか見てないから事実は知らないのですみません。

何点か気になった。「ギャンブル依存症は病気である」は正しいと思う。だけど「難病」に例えるには少し違う。たぶん「完治しない」という意味では合っているが、「ギャンブル依存症」は回復するのでそういう点では「難病」とは違う。

よく「ギャンブル依存症」は「糖尿病」に例えられたりする。それは「一生付き合っていくもの」としての例えだと思う。

では、回復のプログラムにおいて、「依存症」はどのように定義されているか、シルクワース博士の言葉を借りてみよう。

ビックブック 医師の意見 P32~33 より抜粋

すなわちアルコホーリックの肉体が精神と同様に異常だということだ。私たちは、人生にうまく適応できないから、現実から完全に逃れたいから、あるいは精神がまったくおかしいから、飲酒をコントロールできないのだと言われても納得できなかった。それは事実だし、かなりのところまで言い当てている。だが、私たちは自分の肉体もまた病んでいる、と確信している。この肉体的な面を抜きにしてアルコホリズムを語ろうとするのは片落ちだと、私たちは信じている。

同じく、ビックブック 医師の意見 P35より抜粋

アルコールがアルコホリックの身体に引き起こすのはアレルギーの一種であること、アルコールを渇望する現象はかぎられた人にしか起こらず、ふつうのアルコール好きには見られないことを、数年前に私たちは指摘した。このアレルギーを持つ人間は、どんなかたちでもアルコールを二度と安全には体に入れられない。

~抜粋はここまで~

ビックブックのシルクワース博士は全米屈指のアルコール薬物依存専門病院の医長を務める医師である。その博士が1939年に発表したものである。

この「医師の意見」はアルコール依存症について書かれたものであるが、「ギャンブル依存症」にも同じことが言われている。

つまり、「依存症はアレルギーである」ということである。

僕はこれをスポンサーから教わった時に度肝を抜かれたのだ。自分にそんな「アレルギー」があるとは全く予想もできなかった。

もう少し噛み砕こう、つまり、僕やあなたのような「ギャンブル依存症」の人は「ギャンブル」に対する「アレルギー」を持っていて、一度ギャンブルをしてしまったら、やめられなくなるのである。

じゃあ、いつから僕らはアレルギーなのか、それは誰にもわからないという。その人がギャンブルをしてみないとアレルギーかどうかわらないという。

僕はこれを聞いた時、「うそーん」という気持ちと「遺伝子に組み込まれているのだろうか」と思ったものだ。

アルコールであれば、何となく想像できると思う。アルコールを飲んで依存症になる人もいれば、ならない人もいる。わかりやすい。

だけど、ギャンブルはどうだろうか、にわかに信じがたいかもしれないが、事実である。あなたも僕もアレルギーを持っていることになる。

もちろん、医師の意見の中には精神的な部分も書かれている。90年近く、この考えは変わってないし、多くの人はこの考えをもとに回復しているのは事実である。

「ギャンブル依存症は病気である」という意味を少しは理解してもらえただろうか。それを信じようが、信じまいが自由であるが、そういう考えのもとに僕も多くの人も回復している事実は覚えておいて損はない。

もちろん、1つの説ではあるが、その説をもとに回復する人がいて、あなたがまた辞められないのであれば、信じてみてもよいのではないだろうか。

そして、大事なことはギャンブル依存症になる原因はどうであれ、回復できるという事実だけである。

いろんなことを交えて書いたが、専門的なこともあるし、いろんな見解もあるので、あくまで僕が知っていることということで勘弁してほしい。

今日も賭けない一日をありがとうございました!

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