幸せの定義。

幸せの定義って人それぞれだよねえ。でも、「何か」がなければ幸せでないと思っているなら、不自由だなあと思うなあ。「お金がなければ」「子供がいなければ」「ノーマルでなければ」幸せでないと思うのは不自由だなあと思うんだよね。

「お金がなくても」「子供がいなくても」「変態であろうと」幸せな人はいるからねえ。それを感じたのは30歳で派遣に出たときかなあ。それまではどうしても教師にならなければ幸せでないと思っていたんだけど、派遣で工場勤務してたら、手取り12万でも笑いながら幸せそうなやつがいて、「あ 別に教師じゃなくても、幸せにはなれるんだろうな」と思ったのです。

これ書いてるとき、幸せだよね。あと音楽、小説、映画、子供と会う時も幸せかなあ。あと一人で部屋にいるときとか、結局、幸せって「何か」があるから「幸せ」なんではなくて、「幸せを感じることができるか」かどうかだと思う。もちろん健康でなければ幸せは感じにくいだろうし、喧嘩しない程度に収入はあった方がいいけど、それだけじゃないってこと。

でも、「それ」っていうのは「人それぞれ」であって僕がうさぎは好きだけど、あなたはねこが好きとか、そういうことだと思うなあ。

それこそ、ゲシュタルトの祈りだよねえ。

まあ、「幸せ」を感じる精神状態にあるかどうかも大きいと思う。スリップした後はドン底やし、うつ状態の時は難しいよね。まあ 自分でコントロールできるものでもないから、「あ 今幸せかも」という程度がいいのかもね。

人の気持ちなんて、朝、幸せでも夜は不機嫌とかそんなもんだから。まあ幸せに固執してしまうのもどうかと思うよ。とりあえず、今日賭けなければそれでいいんでないかい。終わり。

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