1日、24時間は平等ということ。

誰もが1日24時間与えられている。これは平等である。50年生きようが、100年生きようが、今日という日は24時間である。この24時間をどう使おうが自由だけど、何かを成し遂げたいならば、何かを我慢しなくてはいけない。

例えば睡眠8時間、労働8時間、食事、休憩2時間残り6時間としよう。この6時間を自由に使えるとして、あなたは何に使うだろうか、スマホ2時間?勉強2時間、TV2時間?何に使ってもいいが、TVと勉強に同時に時間を使えないというルールがある。

勉強しなければならなければ、TVはあきらめるしかない。ある人はTVを見て、ある人は勉強をする。ただそれだけの違いである。ある人はギャンブルに費やし、ある人は別な仕事をする。それだけの違いだ。

重要なのは誰もが自由な時間は決まっているということだ。それを睡眠に使おうが、ギャンブルに使おうが、勉強に使おうが自由だ。ただし、資格試験などに受かる人は単純に他の人がギャンブルしている時間に勉強しているだけである。他の人がTVを見てる時間を勉強しているだけである。

逆に何かを得たいと思うなら、TVやスマホを見る時間を減らして、勉強するしかないということだ。

時間は有限である。

であるならば、もっと時間の使い方を考えてみてもいいと思う。