悲しいことに人は痛みを忘れていく生き物だ。

おいしいものを食べると幸せになる。それがたとえスーパーのものでもだ。そういう時は今年の9月を忘れないように思い出すようにしている。今年の9月は底だった。生活費をギャンブルに使ってしまい、生活するのに途方に暮れた。

明日は100円で何を買おうか、そういう生活をしていた。それを思えば、スーパーで食べたいものを買えるのは幸せだと思う。

だけど、人は痛みを忘れる生き物だ。そうでなければ生きていけないからだと思うが、痛みを忘れなければスリップもしないと思う。僕もいつしか9月の生活や今の食事の幸せを忘れていくのかもしれない。だから忘れないように何度も思い出そうと思う。

厳密に言えば、ギャンブラーは忘れていないのかもしれない。ギャンブルに負けた痛みなど幾度となく経験しているのに、お金を握りしめるとどうでもよくなってしまう。モラルも理性も道徳も約束もどうでもよくなってしまう。本当に病気だと思う。

誰だって負けた時には考える。その1万円で牛丼何杯食えたか。とか、そのお金で何ができたかなどということを。ただ、ギャンブルをするときはどうでもよくなっている。そういう病気なんだと思う。

ギャンブラーだって知っているのだ。お金が大切なことや、そのお金は子供のお金だってことや、家族の物を売り払うことは罪だということだってわかっているのだ。それでも、それでも、やってしまう。だから病気なんだと思う。

病気、病気と言っているが、病気に逃げているわけではない。ギャンブル依存症が病気であるなら、回復する道はあるということだ。それは回復している多くの仲間が証明していることだ。そこは素直に見習ってみてはどうだろうか。仲間の声に耳を傾けてもいいと思うよ。きっと独りじゃないから。