どうあがいても、1日は24時間しかない。

誰にとっても1日は24時間しかない。これは事実である。そして、時間は平等である。そして有限である。もう一度言う、時間は有限である。もっと言えば人生は100年しかない。僕はもう45年も生きてしまった。別に悲観しているわけではない。何をすべきか考えているだけだ。

どうあがいても1日は24時間しかない。8時間寝るとして残りは16時間ごはんとか休憩を抜かせば11時間くらいか、仕事に8時間。残りは3時間。その3時間は誰にでも平等に与えられた時間だ。その時間をTVを見ようがスマホを見ようが音楽を聴こうが自由である。勉強しようとも子供と過ごそうともギャンブルしようとも自由である。

ただ、時間は有限である。TVも見てスマホもみてゲームもして子供と遊んで、あれもして、これもしてなどということはできない。何かを選ばなければいけないということだ。明日にしようと思えば明日になる。ただそれだけだ。

ただ、人生も有限である。人生100年と言ったが、健康寿命はせいぜい80歳。それも病気もせずに生きられればの話である。僕は医療機関に勤めているが、50代、60代で癌にかかる人はたくさんいる。そういう意味でも人生は有限である。

だからと言って今すぐ何かできるかと言えばそんな器用に人間はできていない。できることと言えば、「今を生きる」ことくらいである。目の前のことをやることしかできない。そして、人生はその連続である。目の前のことをして、今を生きて、今日を生きる。ただそれだけだと思う。

誰だって迷う。誰だって絶望する。誰だって失望する。そしたら、また立ち上がるだけの話。時に人生はシンプルなんだ。でも、時に想像してみてほしい、あと1年の命ならあなたはどう生きる?それでもギャンブルをする、それとも・・・・・。

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