コア。

16歳の秋、僕の世界は崩壊した。その日はなんだか風が冷たくて、部活に行ったんだけど、急につまんなくなって勝手に帰った。その日から僕の心は閉じこもるようになった。その日以来部活はやめた。その日以来、学校が死ぬほどつまらなくなった。

 

その日以来、学校に行くふりをして学校をさぼるようになった。さぼってもすることないから海行って弁当食って帰るだけ僕は社会から弾き飛ばされた。学校に呼び出された時に「家で何かあったのか?」と聞かれても僕はわからなかった。自分に起きていることがわからなかった。今思えば、冬季鬱とか不安障害とか発症していたのだと思う。

 

それでも何とか高校は卒業した。夜間の大学にもぐりこんだので、家を出た。いっちょまえにワンルームマンションとかに住んだ、養父母に金をせびった。たぶん、仕送りで今の給料以上もらっていた。ただ、友達ができなかった。作り方を知らなかった。そのうち人が怖くなった。5月病になり鬱になった。

 

それでもまだ大学生だから、社会的責任はなかった。適当に生きていれば何とかなった。人が怖かった。きっともう社会不安障害だったと思う。卒業近く、僕は留年した。社会に出たくなかった。怖かった。時代も超氷河期でフリーターが流行っていた。また適当に暮らした。家庭教師と仕送りで暮らした。

 

そして23歳の時地元にもどった。だけど社会になじめなかった。本当に無理だった。入った会社は1年でやめるし自分でやりだした塾らしきものも散財して終わった。そしてギャンブル依存症だった。借金依存症で孤独だった。

 

誰かに認めてもらうために社会で認められたかった。そのためには金を稼ぐしかなかった。その時にはもう当てにできる親族はいなかった。当時求人があった派遣で住み込みで働いた。下請けの下請けだ。もしも、今の職についてなかったら、またそういう生活をして原発とかにも行っていたかもしれない。

 

ともかく社会になじめなかったのだった。社会でやっていくためには、元気でポジティブでコミュ力が求められた。僕はコツコツやる勉強はできたが、そういう社会性に欠けていた。社会性を保つために抗鬱剤、抗不安薬などを常時服用していた。社会が怖かった。

 

社会に認められない自分はクズだと思った。ずっとそう思っていた。「ふつうになりたい」「ふつうになりたい」そうつぶやいていた。少しうまく働けてもいつかパニックを起こして泣いていた。

 

世界はいつも敵だった。孤独だった。たまにコミュニケーションが取れる人がいると依存した。それは恋愛に似た依存だった。それでも見た目や一見ふつうなので、何とか社会にしがみついた。派遣の次は介護、介護の次は相談員。確かにキャリアアップはしたが、社会性が追い付いていかない。

 

社会性が成長しないのだ。それとも欠けているのか。そもそも社会に合わせる必要はあるのか。わからない。今またそれを考える時期にきている。仕事はいつまでも成長しないのを許さないだろう。僕はこれからどうしようか。そういうことを考える4月だな。  R