アダルトチルドレン。

「LION」という映画を観た。インドの迷子の子がオーストラリアに養子に行って、大きくなってから故郷をグーグルアースで見つけるという話だ。ストーリーもすごいがそれよりもインドの行方不明の子どもの話とか養子の話とかの方が興味深かった。

 

僕の話を少しだけしようと思う。子供が親を想う気持ちというのは特別なものだ。それは絶対的なものだし、普遍的なものだ。僕の母親は生後6か月で僕を残して死んだ。身体が弱かったのにきつい仕事をしていたからだ。父はよく知らない。経済的に思わしくなかったらしい。

 

僕は母親の両親、つまり僕の祖父母に引き取られた。養子として。父は理由は知らないが借金を作って周りに迷惑をかけて行方不明になった。43年間会わずに死んだ。僕は養子だと知らされずに中学まで育った。つまり、祖父母を父母として育ったし、叔父や叔母を兄弟として育ったが変な感じだった。

 

ほとんど一人っ子のような感じで育ったから、よく一人で遊んでいた。でも物心がつくようになって僕は事実を知ることになる。それまでだって僕はよく拾われた子だと思っていた。母が死んでいて、父が行方不明の事実を知った時、僕の世界は壊れた。16歳くらいの時だったと思う。

 

僕は誰も信じることができなくなった。騙されていた気分だった。もちろん、それは祖父母の気遣いであることも今ではわかるけど、当時はわからなかった。周りからみても僕は恵まれていたと思う。ただ、ふつうの家庭の記憶がなかった。

 

祖父は大正生まれのがちがちの真面目人間で、テレビはNHKしか見なかったし、17時までに帰らないと怒られた。祖母は祖父に頭があがらないタイプの人間だったがよく美術館に連れて行ってくれた。笑いのない家庭だった。そして僕は笑わなかったし、しゃべらない子どもだった。

 

高校生になり、反抗期を迎えると世の中に絶望していた。そして、大学になって本当の父を探した。父の実家も訪ねてみたが、わからなかった。母の記憶はなかった。そりゃそうだ生後6か月だからね。でも僕は母の面影を追い続けた。どんな人で、どんな顔をして、どんな性格をして、どんな仕事をしていたか、たくさん調べた。

 

母に会いたかった。それは叶わないことだったけど。もしも叶うなら会いたかった。それほど親に対する愛情は強かった。父にも死ぬ前に会いたかったが、2年前に都会で孤独死して、僕はDNA鑑定を求められた。そしてお骨になった父と対面した。どんな人かもわからなかった。

 

両親のいない喪失感は僕の幼少期に大きな影響を与えた。僕の思春期は絶えず不安定だったし、孤独感でいっぱいだった。でも、どうしようもないことだった。母は死んでいるし、父はいなかったし、どうしろというのだろう。

 

傍目から見たら、恵まれた環境だったかもしれない。僕は金銭的に不自由したこともないし、進学もした。ただ、いつも孤独に襲われていた。18歳以降、その虚無を埋めるためにギャンブル、セックスなどに溺れていった。

 

いまだに人間関係をうまく築くことができないのは、そういう影響があると思う。でも過去は過去だ。変えられない。ならば未来を変えていくしかない。僕の子どもには精いっぱいの愛を与えていきたい。それだけで十分だ。「僕はお前が必要だ」僕が言われたかった言葉だ。息子にはいつだって味方でいようと思う。 R